2006年09月06日

早稲田

早稲田中学校・高等学校(わせだちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、東京都新宿区馬場下町にある私立中学校・高等学校。中高一貫制男子校。

概要
中高合わせて全6学年の構成であり、その1学年の生徒数は約300名前後である。卒業生の約3分の1が推薦入学制度を利用して早稲田大学へ進学する(定員枠は約2分の1で、学外進学を目指す者も多い)。しかし元来進学校としての性格が強く、早稲田大学系属化後もその基本路線は変わっていない。上述の如く、早稲田中学校・高等学校は古くからの進学校としての歴史を有しており、同様に中学受験が大衆化する以前の遥か昔(戦後の新学制発足時)から中高一貫体制を敷いた麻布・武蔵・開成・芝・暁星・桐朋とともに都内私立の老舗名門校として知られている。また、明治時代の私立全盛期においては、一高合格者数でベスト10内に入ってもいた。

現在も推薦入学者を含む大学進学率はほぼ100%であるが、現役合格率は推薦入学者を含めて7割程度である。2006年度の東京大学合格者は15人と前年度のほぼ3倍であり、国公立大学へ進学する生徒が増えている。古くより「東洋のイートン校」を標榜しており、創設当初より、東京専門学校(早稲田大学)の理念「学問の独立」に対置(前置)される「人格の独立」を掲げた教育を実践している。

麻布中学校・高等学校や武蔵中学校・高等学校ほどではないが、リベラルな校風であり、学園紛争時には逮捕者を出したこともある。しかし、最近は今の若者の傾向を受けて、リベラルさが失われてきている。

教員は早稲田大学出身者が多く、労働組合を結成して(全日本教職員組合系)、ユニオンシップ制をとっており、組合活動に熱心である。そのためか若い教員(特に20代)は少ない。また非常勤講師の数も多い。

沿革
1895年に坪内逍遥・市島謙吉・金子馬治ら早大関係者と大隈重信の尽力によって早稲田中学校として開校。当時まだ早稲田大学は前身の東京専門学校であり、「早稲田」と称したのは先であった。一年制の高等予備学校が存在し、萩原朔太郎も在学した。敗戦直後、早大の附属校とすべく生徒・保護者・若手の教職員らが運動を起こしたが、伝統と独立を重んじる理事会と教職員らによって鎮静化される。学制改革を経て、早稲田大学高等学院及び1901年に当校と東京専門学校の有志教員により計画され、本校敷地内に建設された早稲田実業学校とは別の路線を歩むことになる。1979年4月から事務所職員が3億円の持ち逃げをしたことにより早稲田大学の系属校となり、1982年卒業生の早大への推薦入学を開始。推薦枠は学部ごとに決まっていて、その合計は約50名だった(当時の卒業生は約350名)。推薦制度は他大の附属・係属10校の訪問調査と同志社・立命館・甲南などへのアンケート調査、進学の実態分析などを経て構成された。早大側の学部再編や定員枠の増幅により、幾度か制度要項が改訂され、現在のものとなっている。1993年度から高等学校の募集を停止した。



大隈ガーデン「オープン教育」プログラムにより、他学部や他の教育機関における「オープン科目」の中から卒業単位として48/124単位まで選択が可能。利用可能な他の教育機関としては、f-Campus、武蔵野美術大学、東京家政大学、東京女子医科大学、京都地域48大学/短期大学、同志社大学への国内留学プログラム、100を超える海外協力大学への1年間の海外留学プログラムなどがある。

特色ある大学教育支援プログラム
国境を越える教育的社会貢献活動の実践-行動する国際人の育成
実践的知の確立を目指す現代型教養教育─総合大学からの試み─

学生生活

グランド坂
サークル活動
早稲田大学では、大学自ら「日本一である」と自称する程活発なサークル活動が行われている。2006年現在、大学公認のサークル団体は700以上あり、また非公認ながら「早稲田大学のサークル」を自認し活動するサークルも多数存在する。

大学の公認を得た団体は、学生会館に部室が与えられる・活動補助金を受け取れる・新歓期に出店を設けるスペースが優先的に割り振られる・サークル名義で大学の各種施設を使用できる、といった待遇を受けられるが、会長となる教職員を確保した上で構成員が21人以上・詳細な会計報告を行うといった条件を毎年満たす必要があり、認定基準はそれなりに厳しい。そのような事情もあり、非公認のまま活動するサークルの数が多くなっている。その正確な数は不明だが、2000、或は3000以上とする推計もある(ただし、学外での活動を主とするサークルや活動実績のないサークルも多く含まれ、大学側でも数は把握しきれていない)。「公認」の後ろ盾は無くとも学生活動の一翼を担っていることは間違いなく、「日本一」という認識はそういった状況も踏まえてのものである。また、数多くあるサークルから目的のサークルを探す手段として、『ワセクラ』『マイルストーン』といった学生が発行する情報誌が存在する。

百キロハイク
毎年5月に埼玉県の本庄から所沢キャンパスを経由し大隈講堂まで2日かけて歩く「百キロハイク」(通称百ハイ)というイベントが開催される。大学の広報誌にも掲載されているが、主催は早稲田精神昂揚会というサークルであり、大学主催イベントではない。学内の各種サークルのメンバーを中心に例年多くの学生が参加する。奇抜な服装で参加する学生も多く、それぞれのサークルごとに衣装をそろえてくるなどの特色がある。

早稲田大学雄弁会
弁論サークル。出身者には、多くの首相経験者や国会議員がいる。その同窓会が行われるとマスメディアによって報道されたりもするが、あくまで学生主体の団体であり、同窓組織や大学本部直轄の組織ではない。

早稲田大学仏教青年会
1886年創立、早大最古の学生サークル。学生・院生のほか、教職員にも会員を持つ。活動はしばしば寺院関係雑誌等で取り上げれられる。

文化団体連合会
文化理論戦線を標榜し、学生自治を重んじるサークル連合。文化系の各種サークルにより構成されるが、加入は任意。執行部はマルクス主義学生同盟革命的マルクス主義派に握られているため、敬遠する学生も多い。主要構成サークルである早稲田大学新聞会が公認を取り消されるなど、現在大学側との対立が強まっている。


学園祭
学園祭の名称は早稲田祭である。通例、11月上旬に二日間にわたり西早稲田キャンパスを中心に実施される。終了後、新宿の歌舞伎町で大騒ぎする早稲田大学の学生の姿は有名であった。

主催は、早稲田祭実行委員会。大学本部が補助金を出して運営されてきたが、補助金では不足があるとして、いわゆるプログラム強制販売が行われ、運営資金に充てられた。しかし、日本共産党=日本民主青年同盟(民青)を中心に、マルクス主義学生同盟革命的マルクス主義派(革マル派)にプログラムの収益が流用されているとの疑惑が大学本部より投げかけられてきた。

1993年、革マル派が執行部を握る商学部学生自治会が大学本部から公認を取り消されると、それまで革マル派を規制できなかった当局が一挙に攻勢を強め、1997年には、革マル派系と見做されたサークルの公認を取り消すとともに、早稲田祭実行委員会が革マル派の牙城になっていると認定し、同年から早稲田祭を中止した。従って、この時期に早稲田大学に入学した者は、早稲田祭を知らない。

その後、ノンポリを条件に2002年、早稲田祭を企画・運営する学生団体、早稲田祭運営スタッフが新しく発足した。大学関係者は、早稲田祭が純粋な学生文化の発信の場として、今後発展していくことが望んでいるようである。ただ、早稲田大学関係者の間では「1980年代には既にノンポリ化していた他大学の大学祭が価値基準を喪失したメインテーマしか打ち出せなくなっていたのに比べ、革マル派主導の早稲田祭は、社会主義の犯罪を正面から問うなど、社会に目を向けようとしない現代の学生に警鐘を鳴らしていた側面も否定できない」という意見もある。

また、大久保キャンパスでは早稲田祭の前日・当日の三日間にわたり「理工展」と呼ばれる小規模な学園祭が開かれる。主に理工系のサークルや理工学術院の教員、研究室などが出展し、開催される週は準備期間として理工学部の授業は休講となる(その代わり、夏休みが他学部より短い)。ただし、早稲田祭と比べると知名度は遥かに劣り、人出も比べ物にならない。なお、こちらは「理工展連絡会」というサークル団体が運営に当たっている。


スポーツ
早稲田大学野球部は東京六大学野球連盟に所属。早慶戦は日本国内の大学野球ファンの間では有名。
漕艇部が毎年春に出場する早慶レガッタは、世界三大レガッタに数えられている。
応援部は、リーダー、吹奏楽団、チアリーダーズの3パートによって成り立っており、東京六大学野球連盟リーグ戦における応援・学生誘導や東京六大学応援団連盟主催「六旗の下に」に参加している。プロ野球で使用されている応援歌には応援部発祥のものが存在している。

ラグビー蹴球部
ラグビー蹴球部(らぐびーしゅうきゅうぶ、Waseda University Rugby Football Club)は、関東大学ラグビー対抗戦グループに所属するラグビーチーム。1918年11月7日、創部。日本で4番目のラグビーチームであった。(創部当時の名称は「早稲田大学蹴球部」)

1927年、オーストラリア遠征を実施し、その後のチームの礎となる「ゆさぶり戦法」を編み出す。1969年〜1977年には、関東大学対抗戦で60連勝を達成。黄金期を迎えた。ラグビー評論家の間では、バックス中心の展開ラグビーは「横の早稲田」と言われることが多い。2006年、日本選手権にて大学勢としては18年ぶりとなる社会人チームからの勝利を得た。2006年現在、関東大学ラグビー対抗戦グループ史上最多となる5連覇中である。また、全国大学ラグビーフットボール選手権大会2連覇中でもある。

2006年現在、関東大学ラグビー対抗戦の優勝は30回、全国大学ラグビーフットボール選手権大会の優勝は13回、日本ラグビーフットボール選手権大会の優勝は4回である。また、早明戦はラグビーファンにとって欠かせない伝統行事となっている。

ア式蹴球部(あしきしゅうきゅうぶ、Waseda University Association Football Club)は、サッカークラブである。ア式蹴球とはアソシエーション式フットボールの略で、サッカーのこと。他の大学では蹴球といえばサッカーの事であるが、前節にも説明があるとおり、早稲田大学ではラグビー部が元々蹴球部と名乗っていた事もあって、サッカー部はア式蹴球部という名称となっている。2006年4月現在、天皇杯優勝3回、全日本大学選手権優勝10回、関東大学サッカーリーグ戦優勝24回の記録を持つ。

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タグ:早稲田
posted by 塾長 at 04:25 | 日記
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