2006年09月06日

灘高校

灘中学校・高等学校(なだちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、兵庫県神戸市東灘区にある私立の中高一貫制男子校である。

1928年開校。設置者は学校法人灘育英会。校舎のうち、事務棟として現在も使用中の本館は国の登録有形文化財に登録されている。

「灘」の字体の中央は、JIS漢字では簡略化されて「難」の偏と同じになっているが、「儺」の中央と同じように書くのが正しい。画面の文字の大きさによっては分かりにくいので、その場合は適宜拡大して見てほしい。

灘地方で酒造業を営む、嘉納治郎右衛門(菊正宗)、嘉納治兵衛(白鶴)、山邑太左衛門(櫻正宗)によって設立された。同様に酒造業者が設立した学校として甲陽学院がある。設立にあたっては白鶴嘉納家の縁戚で、東京高等師範学校(東京高師)校長を務め講道館柔道の創始者でもある嘉納治五郎が顧問として参画し、嘉納治五郎が柔道の精神として唱えた「精力善用」「自他共栄」が校是となった。初代校長は、東京高師の数物化学科を卒業後各地で教職を歴任していた眞田範衞が嘉納治五郎からの要請で就任。眞田は灘校の「教育の方針」を定め、自ら校歌・生徒歌も作詞した。1927年10月24日に設置認可を受け、この日を創立記念日とする。その翌年に開校。

戦後から昭和40年代にかけて徐々に東京大学への進学校として台頭してきた。1968年度東大入試においてそれまでトップの座に君臨してきた東京の日比谷高校を抜き去り、私学では初めて単独での東大合格者数首位の座を掴む。以来、東大合格者数トップ校の一角を占める学校として知られる。

校風
制服の着用義務がないほか、明文化された校則を有せず、風紀について大部分を生徒の良識に委ねるなど、自由な校風を特徴とする。また、設立の経緯から、現在でも中学校及び高校一年次では柔道が全員必修になっている。毎年6月に甲南中学校・高等学校と灘・甲南定期親善試合を催している。いじめやしごき等とは無縁である事は有名である。和田秀樹氏によると、ストレス発散の目的によるいじめはあったというが、周囲の志ある生徒のおかげで大抵は自主解決する。また、生徒をできるだけ紳士として扱おうとしており、サンダル、半ズボン、ランニングシャツなどによる登校は禁止されている。

入学試験
昭和50年代以降、入学難易度は非常に高い。 中学校・高等学校としての難易度(受験予備校等の発表する偏差値に拠る)は、それぞれ最上位群に位置する。 入試では特に算数・数学の難易度が非常に高く、理科も物理・化学分野の計算問題が中心を占めるなど、単なる暗記では到底対処できない出題がなされている。なお、中学の入試には社会が無い。 入学試験結果:2006年度灘中学校入学者183人(倍率3.21)、灘高等学校入学者42人(倍率3.7)

大学進学
現在、日本国内トップクラスの進学校であり、毎年東京大学のみならず京都大学・大阪大学に多数の合格者を出し、私立大学では慶應義塾大学医学部の合格者が多い。

なお、いわゆる進学校と呼ばれる学校の進学実績の比較では、メディアの大半が東京に本拠を置くせいか、あいかわらず東京大学の合格者数のみが注目される傾向にあるが、この学校の特徴として、 京阪神地区の医師の子弟が多いこともあり、東京大学理科三類(医学部医学科進学コース)以外の東京大学各類よりも入試難易度が高いことで知られる国立大学上位校の医学部への進学実績が非常に高い。 東大医学部や京大医学部の合格者の4分の1以上が灘高生によって占められることもある(しかも現役合格の割合が異常に高い)。 理系志向、特に医学部志向が強いこと(2006年度の高校3年生では218人中160人が理系で、うち約70人が医学部志望であるという)、東京大学という「名」を取るよりも、行きたい学部に行くという「実」を取る傾向が強いこと、また、現役生がほとんど私立大学を受験せず、国立大学志向が強いことを特徴とする。


{PR}中学数学問題集中学英語問題集レビュー。高校入試高校受験の。偏差値が急上昇。中学生勉強法で完成。
posted by 塾長 at 04:20 | 日記
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。