2006年09月06日

中学社会

社会(しゃかい)とは、相互に影響しあう複数の人間によって構成された、比較的大規模な集団・集合体・もしくは共同体のことである。範囲を限定された小規模な集団や組織は社会とはいわず、それより大規模な集団のことをいう。19世紀中葉までの日本語には「社会」という単語はなく、「世間」や「浮き世」などの概念しかなかった。明治時代に福沢諭吉がsocietyという英語を社会と訳して今日にいたる(『翻訳語成立事情』参照)。

社会学(しゃかいがく)とは、社会現象の実態や、現象の起こるメカニズムを解明するための学問である。社会的な文脈における、人間、及びその集団や、人と人との関係、さらには、より大規模な社会の構造を研究する学問ということができる。あるいは、思想史的に言えば、「同時代(史)を把握する認識・コンセプト」を作り出そうとする学問である。この学問の研究者については、社会学者といわれる。

社会学([仏]sociologie = [羅]socius + [希]logos)という用語は、 オーギュスト・コント(Auguste Comte, 1798年 - 1857年)によって作られたといわれている。コントの意図した社会学とは、歴史、心理学及び経済学を含む、人類の活動に関する学際的な研究分野であった。日本語にはもともと社会という単語はなく、世間や浮き世などの概念しかなかったが、明治時代に福沢諭吉がsocietyという英語を社会と訳して今日にいたる。今日、社会学は社会にまつわる、人間集団の構造と行動(行為)を主な研究対象としている。

社会学の目的
 社会学は本来、さまざまな社会現象の実態や、現象の起こる原因を解明するための学問である。社会学の目的として、秩序問題、すなわち社会秩序がなぜ成立しているかについての研究を、とくに重視することもある。これは社会秩序や、何らかの社会への協力行動と関連する研究であり、治安や犯罪、逸脱行動、社会統合、利他的行動、向社会的行動、環境配慮行動研究、社会的ジレンマ研究などと呼ばれる研究分野である。この研究分野は社会心理学や小集団実験と関連する研究も多い。

 秩序問題とは別に、産業構造や労働市場の構造、社会階層構造、学歴不平等の構造、家族や地域社会の構造、権力構造、女性差別や人種差別など、社会の構造について研究がなされることも多い。社会構造やその時代的変化、すなわち社会変動の研究も、社会学の主要な分野の一つであり、主として大規模な調査データを元に、研究成果を挙げている。社会変動研究は、もともとマルクス主義的研究が多かったが、今日ではそのような研究とは別に、脱産業社会におけるさまざまな社会現象とその変化に関する研究が行われている。

 しかしながら、日本では長年、海外の理論を輸入することが社会学の目的とされてきたため、現実の社会現象の解明には、必ずしも積極的でない研究者も多い。むしろ哲学的議論や、理論のみの研究、歴史や学説史のみを重視する研究も、いまだに多数存在するのが事実である。例えば東京大学や京都大学、早稲田大学、慶應義塾大学などの伝統ある社会学研究部門では、理論研究者は多いが調査経験は少ない教員が多く、専任教員だけでは社会調査教育や社会調査士資格に対応できない現実もある。それらの大学では、教員の多くが理論の輸入や解釈を主目的としているため、新しい知見の発見は困難である。そのため国際学会での発表経験が乏しいか、発表能力がほとんどない教員も多い。このような深刻な事態の背景には、かつて日本の大学に予算や調査能力がなかった時代には、理論研究のみしかできなくても、やむをえなかったという事情もある。しかし今日では、現実社会と距離のある抽象的な理論社会学研究に対しては、かなりの社会的批判が存在するのも事実である。本稿の記述も以下を見ると歴史的な内容が多く、大規模な社会調査の内容には対応できていないのである。残念ながら日本の社会学は政策への影響力は少なく、多くの社会学者には政策形成や提言能力はない。しかし近年では、社会調査の実施能力や、現実のデータを分析する研究も重視されつつある、と言えなくもない。以下のように、日本の社会調査の中には、国際的に高く評価されているものもある(社会学の方法の項を参照)。最近では社会調査士資格など、社会調査法への対応の努力もあり、大学によっては充実した教育を行っている。東北大学や関西学院大学、大阪大学などは社会調査に関する研究教育が評価され文部科学省のCOEに採用されたほか、国際学会での発表実績もある。 そして社会学はとても面白いものである。

社会学の対象
 研究対象は、人間行動( 行為)や相互作用、役割、集団や組織研究、家族、コミュニティ、より大規模な社会構造や社会変動などである。研究分野の一つは秩序問題、つまり社会秩序や、何らかの社会への協力行動と関連する研究である。治安や犯罪、逸脱行動、社会統合、利他的行動、向社会的行動、環境配慮行動研究、社会的ジレンマ研究などもこれに含まれると考えてよい。この研究分野は社会心理学や小集団実験と関連する研究も多い。日本においてはこれまで社会の分裂や治安が問題になることは少なかったが、近年ではやや注目されている。数理社会学や合理的選択理論により、この研究に取り組むこともある。

 他の研究分野として、様々な社会構造やその時代的変化、すなわち社会変動の研究がある。もともとマルクス主義社会学では資本主義社会から革命を経て共産主義社会が実現することを、主要な社会変動として想定していた。しかし多くの先進諸国ではそのようなことは起きなかった。ベルリンの壁崩壊や共産主義各国の経済低迷、政治腐敗のためマルクス主義的な研究は沈滞していると言わざるをえない。高度経済成長期以降の日本の社会学では、産業化、都市化、高学歴化という社会変動を扱うことが多い。その他、最近では、大衆化、少子化、高齢化、情報化など、個別具体的な社会変動を研究することが多い。 社会システム論は、社会構造と社会変動を理論的にとらえるためのものだが、抽象的議論が多く現実の社会を分析するためにはあまり役に立たないため、誇大理論と批判されることも多い。経済システムや政治システムの研究に比べ遅れていると言わざるを得ない。構造機能主義のような研究も最近では盛んではない。むしろ、情報化や科学技術が社会にどのような影響を与えるかについての個別具体的な研究、たとえば遺伝子組み換え技術や電子マネー、インターネット、文化産業などが社会に与える影響が注目されている。

社会学の方法
 社会学は、現実の社会からデータを取らなくてはならないため、さまざまな方法が考えられている。主として社会調査が用いられるが、調査の他に、実験、観察、内容分析(文書や映像資料等の分析)、マクロデータ(集計された統計データ)の利用などの手法がある。どれも一長一短があるが、それぞれが重要な研究手法である。

 日本の社会調査は、これまでは比較的、回収率もよく、データの質もよく、国際的にも評価が高かった。「社会階層と社会移動全国調査」(SSM調査)や、家族社会学会による調査など、社会学者による大規模な調査も存在する。統計数理研究所による日本人の国民性調査や、日本版総合社会調査(JGSS調査)なども存在する。SSM調査の成果は、米国で数冊の本が出版された他、韓国や中国でも翻訳が出版されており、国際的にも高く評価されている。例えば原純輔・盛山和夫による『社会階層』は韓国、中国、米国で出版されている。詳しくは「社会調査」の項を参照。

 米国の社会学においては、公開されている既存の社会調査データが多いこともあり、大規模なデータファイルの計量分析をもとにした計量社会学が、近年では非常に盛んである。アメリカ社会学会の機関誌American Sociological Review (ASR)も論文の7割前後が計量分析を用いた論文である。実験や観察、質的調査による研究、理論研究などもあるが、最近はやや沈滞気味で数は多くはない。

 残念ながら、近年の日本においては、著者が読書した本を「参考文献」と称して引用し、その引用の上に多少の個人的私見を述べるのみの書籍が大多数であり、例外を見つけることは難しい状況である。

歴史
社会学の歴史は、様々な形で記述することができるが、通常次のようなものが含まれる。

1)ヨーロッパにおける先駆的な思想、研究
上述のコントの思想は、その師であるサン・シモンに遡る。一方、コントの方法はジョン・スチュアート・ミル、ハーバート・スペンサー、カール・マルクスなどに受け継がれ、それぞれ独自に社会についての包括的な把握が試みられた。

2)ヨーロッパにおける著名な社会学者の台頭
19世紀末から20世紀にかけて、マックス・ウェーバー、エミール・デュルケーム、ヴィルフレド・パレート、ゲオルグ・ジンメルらが相次いで研究著作を発表した。その方法論、キー概念などがその後の社会学に受け継がれることになる。

3)シカゴ学派の誕生
20世紀初頭まではヨーロッパが社会学の主流を成していたが,第一次世界大戦後にはアメリカにおいて顕著な展開を見せ,やがて社会学研究の中心として発展を遂げていくことになった。

アメリカ社会学が,社会学研究の中心的地位を築き上げる背景には,19世紀末から20世紀初頭にかけての急激な経済・社会の変化があった。南北戦争から第一次世界大戦へ至る半世紀の間にアメリカ産業は急ピッチな発展を遂げ,それに伴って都市化が進行し,民衆の生活様式も大きく変わっていった。このような大きく変貌を遂げるアメリカ社会の実態を捉えることが,社会学の課題として要請されるようになっていったのである。

当初アメリカの社会学は,1893年に創設されたシカゴ大学を中心に,人種・移民をめぐる問題,犯罪,非行,労働問題,地域的コミュニティの変貌などの現象的な側面を実証的に解明する社会心理学や都市社会学が興隆していった。アルビオン・スモール,ウィリアム・トマス,ジョージ・ハーバード・ミード,ロバート・パーク,アーネスト・バージェス,ルイス・ワースら,有能な研究者たちの活躍によって,1920〜30年代にシカゴ大学は,アメリカの学会において強い影響力を及ぼすようになり,シカゴ学派と呼ばれる有力な研究者グループを形成するまでになった。

ヨーロッパの社会学は観念的・方法論的側面を重視する傾向が強かったが,アメリカ社会学は現実の問題を解決する方向性を示すという実践的側面が強い。それは,有用性を重視するプラグマティズムの精神的な伝統によるところが大きく,また,前述のような社会的要請もあって,地域社会や家族などの具体的な対象を研究する個別科学としての傾向を持つようになった。

4)機能主義社会学の台頭
第二次大戦後のアメリカにおいて、タルコット・パーソンズやロバート・キング・マートンらによる機能主義が提唱され、社会学全体に大きな影響を及ぼした。特にパーソンズの社会システム論は,社会学における統一理論を築き上げる意図を持って提起され,多くの社会学者に影響を与え,20世紀半ばにおける"主流を成す見解"となったとされるが、実態がそのようであったのかは大きく疑問である。これは分野の統一、体系化が実現するかに見えた社会学の稀有な時期であるとされる。

しかしパーソンズの理論は、その科学論的・政治思想的な構想があまりに遠大かつ複雑であったことから、正しく評価されたとは言えず、また、合理的選択論のケネス・アローらが指摘したように、パーソンズ自身が掲げた要求にしたがった理論形成がなされていたとも言えなかった。また、1960年代以降には、「観念的傾向が強い」「現状の体制を維持しようという傾向がある」「個人の非合理的な行為についての視点が欠けている」などといった、半ば誤解混じりの数多くの批判ないし断罪を受けることになった。いずれにせよ、結局、統一理論構築にまではいたらず、その後シンボリック相互作用論、現象学的社会学、エスノメソドロジー、紛争理論など、さまざまな立場から独自の視点に立った理論が提唱されるようになった。

5)多様化
1960年代に機能主義からの離反が起きた後、いわゆるミニパラダイム(この語法は本来は誤りである)の乱立と称される時代を迎えた。現象学的社会学、エスノメソドロジーなどが出現し、社会学が多様化し、研究対象となる領域も拡大はしたが、同時に社会学というディシプリン内部での対話の共通基盤が失われもした。上述のような歴史的文脈が忘却されると、機能主義に対するカウンターとしての意義をもった諸ミニパラダイムは逆に混迷を深めた。一方で、(クーンが本来意図した意味での)パラダイム、すなわち経験的統計データに基づく調査研究は疑問視されることなく確立していったが、他方でかかる研究のよって立つべき思想・視点、つまりは社会学の独自性とは何なのかという問題は依然として不明なままに推移している。

1960年代にパーソンズのもとに留学し、ドイツに帰国後、社会学者として活動を開始したニクラス・ルーマン、1990年代末以降の英国ブレア労働党政権のブレーンとして名を馳せたアンソニー・ギデンズらは、それぞれ異なった系譜からではあるが、政策科学としての社会学という立場を打ち出した。すなわち、ルーマンの場合であれば、科学的にSollen(〜すべき)を言わなければならない行政学の伝統を継承する形で、ギデンズの場合は、社会問題への関与をことするイギリス社会学の伝統とリベラリズムの政治思想へのコミットから、そうした方向性をとり、それぞれに反響を呼びをしたが、広がりをもつものにはなったとはいえない。

わずか200年ほどという歴史は、学問が自らのアイデンティティを獲得するには浅すぎるのかもしれない。いずれにせよ、クーン的意味でのパラダイムが揺るがない一方で、思想的・理論的空白が存続しているのが現状である。

どのような活動が、どのような意味において顕著であるかについては、情報化社会という語を用いる専門家の間で基準が統一されているわけではないが、よく見られる議論には次のようなものがある。

情報関連産業や関連技術が他の経済部門、技術部門と比べて顕著な成長を見せること
労働者、企業、国家の経済的繁栄のために情報技術の活用が重要な鍵となりつつあること
政治、文化、教育、日常生活など様々な場面に情報技術が浸透し、大きな変化をもたらすこと
また、情報を扱う諸活動が顕著な社会については情報社会と呼び、そのような社会への移行の速度が顕著であるような社会(情報化が顕著である社会)を指して情報化社会とする用法も見られる。

1990年代半ば以降、インターネットや携帯電話の普及に伴い、情報社会や情報化社会の語、概念は広く用いられるようになったが、着想は1960年代前半にまで遡るとされるのが普通である。基本的には、批評家、未来学者、官僚、社会学者など,時代の変容や大規模な社会変動を考える人々によって多く用いられてきた語である。情報社会のあり方を予測したものや、あるべき姿を提唱したものは、一般的に「情報社会論」と呼ばれる。

情報化社会や情報社会の概念は、未来の社会像として予測、あるいは提案するべく用いられる場合もあり、現代社会の特徴であるとされる場合もある。ちなみに、既に情報化が完了した、あるいは情報化の逆行現象(脱情報化、とでも呼ぶべき事態)が進行している、とする論は非常に稀である。以下に紹介するように情報社会の概念には多くの批判が寄せられているが、そうした論も情報化が起こる可能性を否定したり、情報化が社会を特徴づける概念として不適切であることを指摘したり、情報化が危険を孕むものでばら色の未来ではありえないと警鐘を鳴らすものではあっても、脱情報化が進んでいる、情報化は既に過去のものとなった、といった類の議論ではない。

情報化社会の特色
最も典型的には、産業社会(工業社会とも)、農耕社会、狩猟社会などとの対比で語られ、その場合には社会の発展段階のひとつとしての意味合いが強い。

産業社会の成立のきっかけとなった一連の出来事を産業革命と言うことがあるが、これに対して情報化社会の進展を情報革命と称することもある。

情報化社会には様々な類義語がある。類義語は「情報」にまつわる語を伴うのが普通であり、マルチメディア社会、デジタル社会、知識社会、ネットワーク社会、高度情報化社会、情報ネットワーク社会、グローバル・ネットワーク社会、などがある。それらの語の「社会」を「時代」におきかえたものも一部に見られる。他に、特定の論者による造語として認知されているものに知価社会(堺屋, )、情報文明(公文, )、複合的ネットワーク社会(須藤, )、などがある。

更に、「情報」、「ネットワーク」、「メディア」等の語を含まない「脱工業社会」、「ポストモダニティ」(脱近代)、「ポストフォーディズム」、「後期資本主義」などの概念、用語も、内容的には関連のあることがしばしば認識されている。これらの概念は、情報や情報技術をきっかけとした社会や経済の質的変換、あるいは飛躍的発展などを指すために用いられることがある。但し、情報や情報技術の社会的効果は必ずしも強調されているとは限らず、社会変動をもたらす多くの要素の一つであったり、あるいは原因というよりも結果、あるいは社会変化を測定する際の指標といった位置づけになっているものもある。

具体的に何が情報化するのか、という点になると意見は様々だが、初期に目立った議論は、経済の情報化である。

一般に、情報化が経済だけに見られるものである場合には、情報経済と呼んで社会全般については問題にしないケースもある。但し、そのような情報経済についての研究が、情報社会論の文脈で引用、解釈されて、情報社会の到来を裏付けるひとつの根拠として扱われる場合も少なくない。一般に、情報社会論は情報経済論を含むものとして論じられている(逆に、情報社会論が情報経済論に取り込まれている場合もある)。

より具体的には、次のような根拠で、ある社会が情報社会ないし情報経済だとされる。

情報の製造、加工、流通を主とする産業(情報産業)やそれに準ずる産業が国民総生産に占める割合が大きいこと
情報を扱うことを主とする職種に従事する労働力の割合が大きいこと
情報産業の急速な成長が、経済成長率へ貢献する度合いが高いこと
情報を扱うことを主とする職種に従事する労働力の割合が増大していること
情報産業によって提供される情報サービスや情報処理技術が、その他の諸部門の生産性上昇や競争力増強に貢献する度合いが高いこと
消費財における、情報的な側面が、それ以外の側面よりも商品の価値を大きく左右すること。情報的な側面は、広告によって付加される商品のイメージ、ブランドのイメージ、商品のデザイン(実用的な機能と対照される)、など様々に定義される
情報財の消費量の増加。物質的な豊かさを追求するための消費に代えて、精神的な豊かさを追求するための消費の台頭
情報インフラの発達と共に、企業の立地がより自由になり、事務処理や生産などの機能をグローバルに展開させることが容易になること。また、その為に国際競争や地域間競争における勢力関係が変質する、または変質する可能性があること。
情報財が主となる経済では、従来のような希少性に基づく競争原理が成立せず、共有、共創型の経済に転換すること
情報技術の活用によって、企業の経営形態や労使関係、労働の形態などが変化すること
他に、政治、文化、生活などの諸側面についても、様々な説が提唱されているが、経済分野の情報化に関する研究に特徴的なことは、情報化の度合いを測定することに対する強い関心である。情報化は果たして本当に起こりつつある変化なのか、それはどのような指標によって最もよく把握できるのか、といった点についての議論は多く、各国の情報化の度合いを比較する統計も多く出ている。

政治に関する研究においては、例えば電子政府、電子投票、政党によるインターネットの活用などを測定、観察し、それを持って政治の情報化を語る研究はそれほど盛んではない。代わりに、そのような情報化が進むと政治がどのように変容するのか、ということについての議論は多い。それは、一方では、実証的なケーススタディやサーベイ調査の対象になるものがあり、現在進行中の情報化として検証されている。但し、こうした調査が、情報社会が実現した、もうすぐである、まだまだ情報化が始まったばかりである、という類の診断を主な目的としている場合は少ない。

もう一方では、電子民主主義、サイバー・ポリティクスなどといった用語を用いながら、政治のラディカルな変容を描き出す論がある。ケーススタディー、顕著な事例などを先駆的な事例と考えて比較的大胆な議論を展開するものも多い(そうでないものもある)。描き出される情報化社会の政治体制としては、アナーキズムや直接民主主義、グローバル民主主義、市民社会の復権、草の根民主主義、コミュニティーの復権、といったものがある。但し、初期の情報社会論、メインフレーム系のコンピュータを想定したものの中には、知識の大規模集積とそれを活用した計画・予測技術の飛躍的発展を予測するようなものもある。また、一般に、情報社会におけるテクノクラシーの台頭、政府の管理・監視能力の増大などを警戒する論も多い。

学説としての起源
情報化社会の概念を初期に提唱した、影響力の大きな論説として、非常に頻繁に言及される研究、著作がいくつかあるのでそれを以下に挙げる。

1962年 - フリッツ・マッハルプ 『知識産業』 (和訳 1969年)
1963年 - 梅棹忠夫『情報産業論』
1969年 - 林雄二郎『情報化社会』
1969年 - アラン・トゥレーヌ『脱工業化の社会』 (原著はフランス語、英訳は 1971年、和訳は 1970年)
1973年 - ダニエル・ベル 『脱産業社会の到来』(ポスト産業社会とも)
1977年 - マーク・ポラト『情報経済』(和訳 1982年)
1980年 - アルビン・トフラー『第三の波』 (和訳 1982年)
一般に日本における情報化社会論、情報社会論の文脈では、梅棹忠夫が最初であるとされ、それ以前に遡る論はないようである。また、日本において「情報化社会」という言葉を提唱したのは林雄二郎である。英語圏では社会学者ダニエル・ベルと評論家アルビン・トフラーへの言及が非常に多く、マッハルプへの言及は少ないが、マッハルプ以前に遡るものはほとんどないようである。それ以外の研究者、著作については紹介者によって含まれたり含まれなかったりする傾向にある。

1960年代前半におけるマッハルプと梅棹の業績は、日本では、通常相互に独立したものと考えられている(英語圏では余り知られていない)。

また、これだけを見ると1960年代における先駆的な研究があり、1970年前後から本格的な研究、著作が出版されるようになったとも見える。だが、実際にはベルは独立した書籍の形でこそ出版していなかったものの1960年代前半からポスト産業社会について論じており、最も早いものは、ボストンで開催されたセミナーのタイトルで、1962年にまで遡るという (Bell, 1973; Ito, 1980)。 ちなみに、同じポスト産業化という用語を用いたフランスにおけるトゥレーヌの仕事はベルのものとは独立したものであったと一般に考えられている。

日本では、早くから行政が情報化社会、情報社会の概念に注目して来た。研究者の中でも余り引用されることはないが、その最も早いものは恐らく経済計画審議会情報研究委員会が1969年に編集した『日本の情報化社会:そのビジョンと課題』であろう。これはダイヤモンド社から発行された書籍と、パンフレット状のものと2種類があるが、後者については佐枝 (1999) に当時の背景や分析などが見られる。

主な批判
このような情報社会論、情報化社会論の類に対しては、幾つもの批判が提示されている。

「技術決定論」的であること。
すなわち、情報技術に注目し、それが社会変動を予測する鍵となると考える傾向があり、他の諸要素—文化、政治、経済、など—が充分に考慮されていない、とする批判である。
情報革命と称される事態は実際には決して到来しない、とする批判。
20世紀後半に限っても、双方向ケーブル、ビデオテクスト、ケーブルテレビなど、社会に大きな変革をもたらすと一部で考えられ、またそのように論じられた技術があるが、それらは実際には広く利用されないままに終わったり、普及したものの大きな社会変動をもたらすことなく終わったりしている。情報社会の到来を告げる論はそうした過去の例を軽視、あるいは無視する傾向にあることを指摘する論がある。一般に、メディアが社会を変革するという発想は非常に多く見られ、また的外れなものに終わっているという指摘もある。
更に、メディアの浸透や新しい情報、コミュニケーション技術が社会を大きく変動させるとする議論は「情報社会」の誕生を遥か遡って存在していることも指摘されている。電報や新聞が社会変動をもたらすと考えられたことがあり、そこで議論された社会変動の内容には、今日情報社会論として流布しているものとよく似た論点が含まれている。
上記の情報社会の到来にたいして懐疑的な見方と関連しているが、昨今の情報技術の発展は情報の量的な変化を起こすかもしれないが、伝播される情報の質的な変化はもたらさない、とする批判。そこでは,情報技術がもたらしたのは情報を伝える速さや量、また手段であり、それらは社会が動く仕組みに抜本的な変化をもたらしているわけではない,とされている。
情報社会の到来を告げる議論は、技術を売り込みたい情報産業の広告として機能している、あるいは情報技術立国を目指す国家の片棒を担がされている、とする批判。情報社会の研究はしばしばそうした企業や政府の資金援助を受けて行われるものであることを指摘する場合もある。これは、上記の2点とは異なり、必ずしも「そのような予測は外れる」という形の批判ではない。むしろ、企業や国家の思惑に操られてしまい、批判的に物事を見ることを怠っている、社会にとって本当に望ましいことが何であるかを真剣に考えることを忘れてしまっている、といった含みを持っている場合も多い。
革命的な変化を通じてユートピアが実現される、という論調に異を唱えるもの。このタイプの批判は、情報社会と呼びうる何かが到来することは必ずしも否定しないが、それは理想的な社会とは程遠く、様々な害悪をもたらすものだ、と警鐘を鳴らす。多くの研究者によって描かれている情報社会のネガティブなビジョンには次のようなものがある。
データベースや監視カメラなどに代表される監視・管理技術が発達し、政府や企業によってプライバシーが侵害され、言論の自由や思想の自由が脅かされる社会。実際にイギリス政府は主に犯罪を減らすために監視カメラ(CCTV)を広範囲に導入しており、さまざまな議論をよんでいる。
少数の企業によって報道機関が独占(あるいは寡占)され、多様な言論が流通する健全な民主主義が脅かされ、少数派の意見、企業や資本主義を批判する意見などが抑圧される、反民主主義的な社会
少数の企業によって文化産業が独占(あるいは寡占)され、消費者が健全な道徳や判断力を失ったり、「豊かさ」について誤った理解をしたり、文化的な多様性や創造性が失われたりする結果生まれる、貧しく、空しい社会
情報技術への理解が深く、情報処理能力に長け、情報へのアクセスに恵まれた、一部のエリートと、それ以外の人々の間の貧富の格差が広がり、より強固な搾取の構造が打ち立てられる社会
犯罪を実行する為の関連技術と誰でも簡単に触れる事が出来てしまい、治安が劇的に悪化している社会。現実にインターネットを悪用した犯罪は急増している。

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タグ:中学社会
posted by 塾長 at 03:08 | 日記
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