2006年09月06日

学歴

学歴(がくれき)とはある人が学んできた経歴のことである。

また、最終学歴(さいしゅうがくれき)は、「高等学校の卒業」や「大学の卒業」などのように学校種と卒業・修了・退学などの別を用いて表すことが多い。

なお、日本において日常生活で「学歴」という語を用いるときは、個々人の卒業・修了・退学した学校の経歴である学校歴(がっこうれき)のことを表わすことも多い。

学歴社会
学歴社会とは、高等教育機関で学ぶことが重視され、そのために若者が大学や大学院などの機関に殺到する社会を指す。学歴社会自体は、先進国・途上国を問わず普遍的に存在しているが、その実情は各国で差異が見られる。

学歴社会形成の要因
学歴社会は様々な要因によって形成される。 発展途上国の場合、先進国並みの経済水準や防衛力を獲得するため、その国の中で指導者的役割が担える人材を必要する。この際、目的達成に効率的な社会の仕組みとして意図的・無意図的に学歴社会が形成される。 先進国の場合、特に科学技術力の向上を目的として特定大学に重点的に予算を配分したり(例:日本のCOE計画)、次世代の知的エリート集団の養成機関を拡充・創立する(例:日本の大学院重点化やフランスのグランゼコール)といった政策で学歴社会の傾向を促進することがある。

学歴社会では、より良い学歴を保持する者が、より良い社会的待遇(職業や賃金などで恵まれた環境)を受ける可能性が高い。つまり、高学歴を得ることが社会的成功の確率を格段に高めるため、その後の人生を決定付ける謂わばパスポートの役割を果たす。この構造が学歴社会を補強・再生産することに繋がっている。

学歴社会の実例
日本に限らず、官僚や法曹といった社会的に大きな影響力を持つエリート職種については、構成員の殆どがその国々で高い評価を得ている特定の教育機関の出身者で占められている。例えば、フランスでは、行政府の人員はほとんどがグランゼコールの出身者である。また、アメリカでもアイビーリーグに代表されるような名門大学の出身者は、社会的地位が高いことが多い。

ヨーロッパ諸国に関して言えば、エリートは上流階級によって再生産されることが多いため、学歴社会というよりも階級社会だという指摘がある。

日本では、特定大学を卒業していれば、その学部に関わらず、あらゆる分野のエリートになる可能性がある(法学部出身の技術責任者、理学部出身の経営者など)。いわゆる「つぶしの利く」学歴社会である。一方、アメリカにおいては、エリート層も完全分業制であり、例えば、MBAを取得していない法学部出身者は、一般的に会社経営へ携わることは無い(ただし自営は別)。

マスコミのように低学歴でも支障が無いと思われる職業でも採用時の学歴を大卒以上に限定している例が見られる。

また、学歴によって限定される職種があるのは事実でも、それが人生の決定的要因になっているかどうかは一概には断言できない。例えば日本の場合、大卒者と高卒者以下との生涯年収の差が世界的に見ても小さく、賃金面で見ると学歴は必ずしも決定的要因とは言えない。但し、賃金格差が少ないのは、経営層と労働者層の賃金格差が他国に比べて相対的に少ないためということもあり、単純に賃金格差の少なさだけをもってして、日本が学歴社会ではないとはいえないことにも注意が必要である。

もっとも、「学歴難民」という言葉に表徴されるように、先進国においては学歴のインフレ化が進み、高学歴を獲得しても社会的待遇が以前ほどは保障されなくなっている。特に採用の分野では、プログラミング技術など実用的能力を持つ者を即戦力として評価する企業が増えつつある。

学歴信仰
学歴を過度に信頼・重視する立場を学歴信仰と呼ぶことがある。特に、「何を学んだか」ではなく、「どの教育機関の出身者か」という帰属意識ないしそれに付随する(マンガ『ドラゴン桜』に見られるような)付加価値の偏重、資格の実効性に対する過剰な信頼は、学歴信仰が認められる国々共通の特徴である。 学歴信仰は、日本や韓国, 中国, 台湾, インドといったアジアの国々や工業化が進みつつあるアフリカ大陸における国々に多く見られる。

学歴信仰の対象となる教育機関は、各国の教育レベルによって異なる傾向がある。 日本や韓国など、高等教育の歴史が長く、自国の教育機関を卒業した人が社会的に高い地位に就いていることが多い国々では、それらの人々の出身校が評価されやすい。 一方、タイなどのように、自国の教育機関が十分に発達していない国々では、海外(主に欧米の著名大学)の教育機関を重視する傾向がある。

健全な社会制度であるという評価
日本においては、学歴社会は否定的文脈で語られることが多い。 一方で、学歴社会は、学歴を重視しない社会(例えば、世襲社会)よりは健全だとして肯定する論者も存在する。これは、学歴が万人に公平に作用している限りは、社会階層や出自といった努力や選択によって変えられない要因によって個人評価が左右されることがなく、各人の自由意志が個人評価に反映されるためということを根拠としている。平たく言えば、学歴は「個人の努力によって取得可能な社会的メリットの証明」であるという点に健全性を認めているわけである。

学歴社会を健全なものであると言うためには、万人にとって就学機会や就学条件が平等であるという前提条件が必要である[1]。 しかし、実社会においては、社会的・経済的な条件によって、就業機会等が不平等になることがある。そのため、学歴社会の健全性を保障するためには、各個人間の初期状態の格差を出来るだけ緩和するような政策・環境(例:充実した奨学金制度, 再入学や社会人教育といった就学形態が許されているなど)が必要不可欠となる。

学歴の判断
学歴の高低を「どれほどの期間、どれほど高度な教育施設で学んだか」という基準で判断すると、大学院の博士課程(博士後期課程)を修了して博士の学位を有している者(課程博士)、その中でも、複数の博士課程を修了して、博士号を多く有している者が最も高学歴であるといえる。

ただし、高学歴かどうかを判断する基準は、国や個人によって相違がある。 例えば、日本の官僚は、アメリカなど大学院を重視する国から見ると、修士や博士の学位を有する者が少ないという点で低学歴とみなされることがあるが、日本においては、東京大学やその他の難関大学の学部卒業者が大多数を占めるため、高学歴と認識されている。

日本では、学界など特定の分野を除いて大学院卒を特に重視するということは少ないため、大学を卒業したかどうか(学士号の有無)が学歴の基準になることが多い。ただし、大学への進学者数及び進学率が高くなっているため、単に大学を卒業しているかどうかではなく、「出身大学」によって学歴の高低を判断することが多い。また、「出身学部・学科」「大学入学以前の出身校」「浪人・留年年数」「入学方法・方式」なども大卒のランク付けに利用されることがある。 高校受験で最終学歴は決まるわけではないが、大学受験は重要である。

アメリカ合衆国では、大学院の課程を修了した者が重用され、学部を卒業しただけでは低学歴だとされる。

大韓民国ははかつては極端な学歴社会であり、ソウル大学校出身というだけで、企業に入れば「役員候補」とみなされたが現在は多少その風潮は緩和された。とはいえ極めて強固な学歴社会であることに変わりはない。

フランス共和国では、大学とは別のグラン・ゼコール(グランド・ゼコール)というエリート養成校を卒業した者は、企業に入ってすぐに管理職になるといった事例がある。

高等教育と学歴観
子供の教育にかける家庭の力が強くなり、教育基本法の下である程度開放的な教育が行われている現代では、学習に対する意欲さえあれば学校に入学できるようになってきている。そのため、学習意欲さえあれば、入学・卒業認定基準の甘いところを選ぶことで、大卒や院卒という高学歴を得ることができる。それにより、学習意欲はあっても社会的な自覚が無かったり、惰性で進学しただけの高学歴者層ができることとなった。これが、1990年代から話題になった、高学歴のフリーアルバイター・ニートの発生の一因にもなっている。また、日本の大学は「入学は難しく、卒業は易しい」ところが多く[3] 、大学での教育内容や評価の妥当性、ひいては大卒者の能力を保証するという学歴の機能にも疑問が呈されている。

日本では、大学院進学を学歴の判断材料としてさほど認めず、学部の学校歴が重視される風潮がある。これは、大卒程度の能力があれば、後は企業内教育で十分と考えている企業が多いことなどが原因である。ただし高度な専門技術や基礎知識が必要とされる分野ではその限りではない。昨今では、特定大学のMBA(経営学修士)号などは有効なキャリアとして認められることが多い。

官庁や大手企業の中には、留学制度を設けているところもあり、社会人となってから(特に海外の)大学院の修士号を得させる場合がある。

大学などの高等教育機関では、生涯教育の理念に基づく社会人学生の増加[4]や、経営上の要請などから編入学の機会を増加させている。また、大学院では、定員を学内進学希望者より多くすることが多い[要出典] 。 他大学、高等専門学校等からの編入学の場合、出身学校の単位を(条件付きで)認めているケースが多いことから、出身校の格や入試時点の能力を重視する者は、編入者の能力レベルを非編入者と異なると見なすことが多い。編入学は、いわゆる下位校から上位校へ行われることが多い。そのため、学歴に見合った能力を有しているとみなされない場合、「学歴ロンダリング」と揶揄されることもある。このような揶揄は、学部の出身大学と異なる大学院へ進学した大学院生に対しても用いられることが多い(特に独立専攻)。欧米では編入や他大学の大学院入学は常識であるため、これは学部が偏重される日本独特の見方である。

こうした編入や再入学の活性化は、高校―大学―大学院の単線的教育プログラムが変化しつつある証左といえる。

学校の卒業に準じて扱われるもの
中学校卒業程度認定試験(中卒認定試験、中認、中検)
受験者は少ないが、中学校またはその同等学校を卒業したことが無い人が、高等学校またはその同等学校に入学する資格を得るための試験。公的には「中学校を卒業した者と同等以上の学力を有する者」とされる。ただし、受験できるのは義務教育就学免除者に限られる。
高等学校卒業程度認定試験(高卒認定試験、高認、旧・大学入学資格検定〔旧・大検〕)
高等学校またはその同等学校を卒業したことが無い人が、大学に入学する資格を得るための試験。公的には「高等学校を卒業した者と同等以上の学力を有する者」とされる。以前は、中学校を卒業していなければ受験できなかったが、今は中学校を卒業していなくても受験できるようになった。
なお、上記の認定試験は高卒の学歴自体が得られるわけではないが、認定試験合格後大学に入学、卒業することができる。「高等学校卒業」として扱われるか否かは、各々の人事・採用者側による裁量によって異なる。
難関国家資格の一次試験
司法試験や公認会計士、不動産鑑定士試験の一次試験は、大学(の学部・その他の学部同等組織)を卒業した者(または大学において62単位以上修得済みの者)であれば免除されるが、そうでない場合は一次試験を受けなければならない。
教員資格認定試験
大学や文部科学大臣が指定する教員養成機関を卒業していなくても、この試験に合格すれば、一部の種類の教員免許状の授与を受けることができる(ただし、高等学校もしくは中等教育学校を卒業した者であること、または高等学校卒業程度認定試験などによって「高等学校を卒業した者と同等以上の学力を有する者」と認められること)。

社会における学歴の評価
かつて、女性が求める結婚相手の条件として三高(高身長・高学歴・高収入)が叫ばれたことがある。現在では、ほぼ死語であるが、あらためて強く主張されることがなくなったに過ぎず、現在でも結婚相手に極端な高学歴者を(暗黙の内に)望む女性はいる。これは、依然として高学歴の人物の方が安定収入(時には高収入)が望めると期待されていることが要因の一つである。また、この場合の高学歴者とは、決して難易度の高い学校ではなく、ブランド価値が高い学校を卒業した者を指すことが多い。

様々な理由から、学歴詐称が行われることがあり、近年では著名人や選挙立候補者などによる学歴詐称が話題となっている。 学歴詐称行為は昔から存在していたが、例えば、昔の私立大学は現在よりも総じて大衆的であり、正式な入学手続を経ていなくとも、○○大学の学生と名乗って実際に大学で何らかの活動を行っていれば、そのまま○○大学の学生として通っていた面があった。そのため、必ずしもその学校で学位を取得していなくても社会的には許容されている場合があった。しかし、最近ではそういった成りすまし行為が許されない風潮へと変化している。学歴詐称を解雇事由として認める判例(大阪地裁s50.10.31など)も出ている。

{PR}中学数学問題集中学英語問題集レビュー。高校入試高校受験の。偏差値が急上昇。中学生勉強法で完成。
タグ:学歴
posted by 塾長 at 02:27 | 日記
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。